大判例

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東京地方裁判所 昭和46年(行ク)29号 決定

申立人 山田寅治郎 外二名

相手方 東京都知事

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人らの負担とする。

理由

一  本件申立ての趣旨と理由は別紙(一)記載のとおりであり、これに対する相手方の意見は別紙(二)記載のとおりである。

二  疎明によれば、申立外小長井興業株式会社は、都市計画法上の風致地区(石神井風致地区)内にある練馬区下石神井二丁目一三三五番地二号に高さ二三・七メートルの八階建共同住宅を建築するため、昭和四四年三月一〇日東京都風致地区規程(昭和二二年東京都令五一号)二条の規定に基づき相手方に右建築許可の申請をしたところ、昭和四五年六月五日相手方がこれを許可したことが認められる。

本件は、右建築予定地の付近住民である申立人らが右許可処分の効力停止を求めるものであり、その申立ての適否、とくに申請適格については問題の存するところであるが、その点の判断はしばらくおき、右処分によつて生ずる回復困難な損害を避けるため緊急の必要があるかどうかを検討する。

三  申立人らは、本件許可にかかる建物の建築により、(イ)石神井風致地区の風致が破壊され、申立人らにおいて右風致を享受する利益を害されるばかりでなく、(ロ)日照阻害(ハ)見下しによるプライバシーの侵害、(ニ)通風阻害及び風害、(ホ)視界阻害、(ヘ)騒音振動による環境侵害、(ト)工事中における通行権の侵害、(チ)地価の下落等の回復しがたい損害を被ると主張する。

(一)  風致破壊について

抗告訴訟制度の主目的が個人の権利、利益の救済にあることからすれば、執行停止によつて免れるべき損害とは、申立人の個人的損害をさし、公共的損害はこれを含まないものと解すべきところ、風致地区の風致が害されるかどうかということは、ふつう一般公共の利害に関することがらであつて、それ自体当然に特定の個人についての損害となるものではない。本件の風致が害されるとすれば、地区住民である申立人らが従前の風致を享受できなくなることはたしかであるけれども、この風致を享受する利益なるものは、これをいわゆる環境権として構成するかどうかはともかく、その性質からいつて、ひとり右地区住民についてのみ存するものではなく、広く一般公衆に認められるべき筋合のものであるから、その意味において右地区住民の利益は一般公益と区別されるところがなく、したがつてこれを害されたことをもつて前記の個人的損害ということはできない。そして、他に本件風致の破壊により申立人らがなんらかの個人的損害を被るものと認めるにたりる疎明はない。

(二)  日照阻害について

疎明によれば、本件建物と申立人ら居宅との間には、申立人山田、同桐谷方で三〇メートル余、同佐藤方で一二、三メートルほどの間隔があり、位置の関係上本件建物によつて最も日照に影響を受ける申立人山田方でも一〇月ごろから三月ごろまでの間午前八時前後に一時住宅の一部が日陰になるという程度であることが認められる。してみると、右の程度の日照妨害は社会生活上受忍すべき限度をこえるものとはいいがたく、回復困難な損害にあたらない。

(三)  プライバシー侵害について

前記のとおり申立人山田、同桐谷方と本件建物とは三〇メートル以上離れているし、また、申立人佐藤方と本件建物との間隔は一二、三メートルであるが、疎明によれば、右佐藤方の庭の本件建物に面する側にはかなりの高さの立木が多く、外部からの視界をさえぎつていることが認められるので、他に特段の疎明のない本件においては、申立人らの家屋が本件建物から見下される関係にあるからといつて、ただちに不当なプライバシーの侵害を生ずるものと認めることはできない。

(四)  地価の下落について

疎明によれば、本件建物の東側にある石神井町三丁目九番一二号の申立外小笠原辰蔵の所有地については三・三平方メートルあたり三〇〇、〇〇〇円くらいで売買の話が持ちあがつていたところ、本件建築のことが知られたため立消えになつたことが認められるけれども、右土地は本件建物敷地に隣接し、日照等について申立人らの土地とは比較にならぬほど重大な影響を受けることが疎明によつて明らかであるから、同列に論ずることはできないし、他に本件建物の建設により申立人らの土地の価額が著しく下落すると認めるにたりる疎明はない。

(五)  その他の損害について

本件建物の建設による通風、視界の阻害や風害の発生についてはその疎明がなく、また、右建物の建設工事中に生ずる振動、騒音、通行阻害等付近住民に対する影響も、その程度が社会生活上の受忍限度をこえるものであると認めるべき疎明はない。

四  以上によれば、本件においては、申立人らの被る回復困難な損害及びこれを避けるための緊急の必要の点について、その疎明がないことに帰する。よつて、本件申立てを却下することとし、民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 高津環 内藤正久 佐藤繁)

別紙一

申立の趣旨

被申立人が申立外小長井興業株式会社に対し、昭和四十五年六月五日付でなした東京都風致地区規程(昭和二二年東京都令第五一号)昭和四五年第一号による建築許可処分の効力は、本案判決が確定するまでこれを停止する

との裁判を求める。

申立の理由

第一、総論

一、(行政処分の存在およびその違法性) 被申立人は昭和四十五年六月五日、申立外小長井興業株式会社(以下申立外会社という)に対し、同社の申請に基き申立の趣旨掲記の許可処分(以下本件処分という)をなした。

しかるに、被申立人のなした本件処分は、その根拠法規である東京都風致地区規程(昭和二二年都令第五一号)(以下旧規程という)の解釈を誤りなされた違法なものである。

二、(申立人らの地位および権利侵害) 申立人らはいずれも、本件処分の対象たる建築物(以下本件建築物という)が建築される石神井風致地区(以下本風致地区という)内に長年居住し、風致地区内の風致の維持を目的とした前記旧規程およびその後の東京都風致地区条例(昭和四五年都条例第三六号)(以下新条例という)により従来から種々建築等の規制を受けその風致の維持に協力せしめられてきた者であり、日常生活上においてもその疲れや緊張を柔らげるなどの目的からしばしば本風致地区の中心の石神井池三宝寺池の周囲を散策しながらその自然的景観を享受してきた者である。かつは又後述のように申立外会社による本件建築物の建築によつて必然的にもたらされる風致への悪影響を防止し、本風致地区の風致の維持をはかるべく付近住民によつて結成された「石神井風致地区を守る会」を代表する者であるとともに、違法な本件建築物が建築されることにより近隣居住者として日照、通風、眺望、騒音、振動及び地価の下落等種々の点で日常生活上多大な悪影響・被害を蒙りその権利・利益を著しく侵害される者である。

三、(本案訴訟の係属) 申立人らは、被申立人から申立外会社に対し本件処分のあつたことを昭和四十五年七月十五日に知るや、その取消を求めて、昭和四十五年九月八日被申立人に対し異議申立をし、それと併行して昭和四十五年十月十三日御庁に取消訴訟を提起し現在係属中である(昭和四五年(行ウ)第一九七号事件)。

四、(効力停止の必要性)申立外会社はいかなる事情があつてか最近まで十ケ月近く本件建築工事に着工せずに推移してきていたが、三月十二日突如として、知事の許可を得ることなく違法にもその予定敷地内に生立する十数本の松杉等の大木を伐採にかかり、ブルドーザーで整地を開始し掘削を始めるなどまさしく本件建築工事に着手してきている。

しかるに、本案訴訟の方はその結着までには相当長い日時を要することが予測されるのであるが、その間もしそのまま工事の続行を認めることになると申立人らの権利・利益に対し回復し難い損害を与えるとともに、勝訴判決を得てから再び本件建築物を取り毀すのでは社会経済上莫大な損失を生ずることになる。

よつて右のような損害を避けるため緊急に本件建築工事を中止させる必要があり、しかも違法な本件処分の内容実現にあたるのは私人であるからその行為の権原の基礎である処分の効力それ自体を停止させる必要があるのである(行政法演習II七四頁参照)。

なお、本件においては、本件建築工事は営利会社の私的利益追求のためのものであつて公共の福祉とは全く関係ないものであるから、本件処分の効力の停止が認められても公共の福祉に重大な影響を及ぼすことはなく、また後述するような事情から本案においても充分の理由があるのである。

第二、行政処分の存在およびその違法性

一、行政処分の存在

本申立において取消を求める行政処分は、申立外会社が本風致地区(第二種風致地区)内の練馬区石神井町三丁目九番地にある一〇一三・五平方メートルの敷地上に建築面積五二八・四七平方メートル、高さ二三・七メートルの八階建のマンシヨン用高層建築物(通称石神井パークサイドマンシヨン)を建築するため、旧規程第二条の知事の許可を申請したことについて、被申立人が同条に基き同会社に対し、昭和四十五年六月五日付東京都風致地区規程昭和四五年第一号をもつてなした右建築物の建築許可処分である。

二、本件処分の違法性

(一) 旧規程に内在する許可制限について

本件処分は旧規程第二条に基きなされたのであるが、それは同条に内在する許可の制限範囲を著しく逸脱してなされた違法なものである。

1、右規程は都市計画法(大正八年法律第三六号)(以下旧都市計画法という)が総合的都市計画の一環として風致を維持すべき地区として指定した地区について、その風致維持を目的として制定され昭和二十二年五月二日東京都令第五十一号として公布施行されたものであるが、この規程は右風致地区内においてある一定の行為をなすことを規制し知事の許可にかからしめること、風致維持に影響のある建築物等の除却等を命じる権限を知事に与えることなどをその内容とするもので、その後都市計画法(昭和四三年法律第百号)(以下新都市計画法という)第五十八条第一項に基き制定された前記新条例が昭和四十五年六月十四日から施行されるに至つて現在廃止されている。

旧規程によれば、風致地区内に建築物を建築する場合には新条例と同様に知事の許可を必要としている(第二条第一号)が、ただその場合知事が許可を与えることができない場合の制限を新条例のようにはつきり明文で定めていないので、知事は何らの制限を受けることなく自由に許可を与えることができるような規定の仕方に一見なつている。

しかし、右許可については明文の制限規定こそ存在しないが、これには自ら内在する制限があるのであつて、全く行政庁の自由裁量にゆだねられているものではなかつたのである。

即ち、旧規程はその第二条において、風致地区内における建築物の築造(第一号)、土地の形質の変更(第二号)、土石竹木の採取(第三号)、その他風致維持に影響を及ぼすおそれのある行為(第四号)については、一般的にこれを禁止し、知事の許可にかからしめているが、その趣旨とするところは、右諸行為は一般に風致になんらかの影響を及ぼす蓋然性が強いので先づ一般的にこれを禁止し、これらの行為をなすには知事の許可を必要とすることによつて、これらの行為一つ一つを風致維持に影響を及ぼすものかどうかの観点から詳しく吟味させ、もし影響を及ぼすようなものであれば許可を与えず、もしくは行政指導などを通じて影響のないものに改善・変更させるかして、結局風致維持に影響を及ぼすものでないものについてのみ始めて許可を与えるようにすることによつて風致地区内の風致の維持を計ろうとしたのである。

そしてこのことは既存の建築物その他の工作物でさえ「風致維持に影響がある」と認めたときは、知事はその除却改修その他必要な措置を命ずることができるとする同規程第八条の趣旨を勘案してみれば一層明白になつてくるのである。

従つて、右規定の趣旨を考えれば、第二条には自ら「風致維持に影響を及ぼす」場合には許可を与えることは許されないとする制限が内在するのであつて、知事は右制限に反しない限度で許可することができるのであるから、もし右制限に違反して許可がなされたならばそれは違法な処分として取消の対象とされねばならない。

(二) 本件処分と右許可制限との関係

被申立人が、旧規程第二条の許可について前記のような自らこれに内在する制限が存することを認めながら、本件建築物の建築が右制限に抵触するものではないとして本件処分をなすためには少なくとも次のような二つの判断

1、第一は、本件建築物の敷地(以下本件敷地という)上に生立していた十三本の大きな樹木の伐採は敷地の広さとの関係から客観的に見て右建築に不可欠のものであつたから、その伐採が風致維持に影響を及ぼすものかどうかの判断

2、第二は、建築物の存在(位置、形態、意匠、色彩、大きさ等)が風致に影響を及ぼさないものかどうかの判断

について、それぞれ風致維持に影響がないとしたときに始めてそれが許されるのである。

しかるに被申立人は、本件処分をなすに当つて第一の判断を欠いており(かりになしているとしてもその判断には重大な事実誤認がある)、第二の判断については重大な事実誤認をしており、従つていずれの点からも本件処分は違法たるを免れないものである。

右の点については次に項を分けて詳述する。

(三) 本件敷地上に生立する樹木の伐採についての判断の欠如

一、本件敷地はもと個人の大きな邸宅のあつたところで、そこには風致地区内にふさわしく従来十二本の松の大木とていていたるヒマラヤ杉一本が生立していたのである。

ところがこれを買い取つた申立外会社は同所に八階建のマンシヨンを建築する計画であるところ、もともとその敷地は建築物を建てるには僅か一〇一三平方メートル(三〇〇坪強)と非常に狭い上、建築面積が五二八・四七平方メートルとその半分以上を占めており更に残存敷地の二割程度は浄化槽であるため、残存スペースの関係からも、また工事の支障の関係からも設計通り建築を進めるためには、右樹木の移植などの方法ではとても間に合わず、どうしても殆んど全部の右樹木を伐採せざるを得ない客観的な状況にあつたのである(この点については、後述するように申立外会社が工事を始めるについて実際に右樹木の伐採を行つていることがこれを充分証明していると云えよう)。

二、ところで、風致地区内において竹木を伐採するについては旧規程によつても建築許可とは別に一々被申立人の許可を得なければできないことになつていたことは前述したとおりであつて、この点につき、被申立人はこれまで該地区内の住民が許可なく小さな樹木一本を切つた時でさえこれを発見したときには或は始末書を書かせ或は厳重注意に処するなどきびしくその違反を取締つてきていた。

しかるに申立外会社は、本件建築物が公共のためどうしても必要なものであるというものではないから、右のごとく樹木伐採の必要がある旨真実を申出たのではどうあつても風致地区内で十三本にも及ぶ大木の伐採を許可してくれる訳はなく、その伐採を不可欠の前提とする本件建築物の建築は当然被申立人からその許可を受けることができないと考えて故意に、もしくは建築許可があれば別に樹木の伐採についての許可は不要であるとする重大な過失によつてか、右樹木の伐採許可の申請をしていないのである。

ところが右会社は、三月十二日右樹木伐採の許可を受けることなしに違法にこれが伐採を開始し工事に着工してきたので、申立人らは右事実を重視し、担当部局である東京都建設局公園緑地部に対し、右許可の有無を照会するとともに右事実を申告し右違法行為の即時停止措置を求めたところ、直ちに係官が現地へ赴き右違法伐採行為を差止めさせたのであるが、その時はもう既に五本の樹木が伐採されてしまつていたのである。

そしてその後も、右会社は工事を続行し残つた樹木の生えている部分僅かを残して一メートル位掘削を開始しているが、そのため右残存樹木も一部根が露出し或いは切断せられて、いずれそのままでは枯れざるを得ない運命にある。

なお、申立人らは付近住民と共に右違法伐採行為を重大な社会に対する犯罪行為と考え、右会社代表者小長井敏光を東京都風致地区条例違反で近くの石神井警察署長へ告発し、それについて書類は既に送検されている。

三、1、本件建築については、周囲の客観的状況からその敷地上に生立する樹木の伐採が不可欠の前提をなすものであるから、本来の申立外会社の申請によるにせよ、また職権によるにせよいずれにしても、本件建築物の建築許可の意思表示を形成する過程において、当然右樹木の伐採が風致維持の観点から許されるべきものであるかどうか判断されねばならなかつたのである。

なぜなら、もしここで、右樹木の伐採が風致維持に影響を及ぼすものと判断されれば、本件建築物についてあらためて風致維持に影響があるかどうか判断するまでもなく本件建築許可は認められないものとなるからである。

2、ところでその理由が、前記内在する許可制限を意識しなかつたためか、或は現地での検証、点検を怠つたことによるかは不明であるが、被申立人の事後に採つた次のような態度からみるとき被申立人は、右の点について判断を遺脱しているではないかと思われるのである。

即ち、被申立人のなした本件処分については、形式上はともかく本風致地区内に本件建築物を建てても良いとの実質的判断は前記公園緑地部でなしているのであるから、

(1) 前記のように申立外会社が違法伐採行為をするに至つたとき、あわててそれを差止めたり

(2) ごく最近申立外会社から出された残存樹木の伐採許可申請に対し、許可しない方針を打出したり(その旨申立人らに連絡があつた)

することは右建築許可処分と明らかに矛盾しているからである。

また、被申立人が事実誤認によるにせよ右樹木の伐採が風致維持に影響がないとの判断をなしたのならば、建築許可とは別に右樹木伐採の許可申請をさせる必要があつたのであるが、本件ではそのような申請をさせていなかつたことからも右判断を欠いたことがうかがわれるのである。

3、仮に、被申立人が右判断をなしたとするならば、本件においては、当然それは右樹木の伐採が風致に影響なしとする判断になる訳である(もしそうでないなら本件処分がなされる筈がないから)が、その判断には旧規程第二条の規定の趣旨の解釈の誤りがありまた重大な事実誤認がある。

なぜなら、このような風致地区内での十三本にも及ぶ大木の伐採が風致維持に影響がないとするなら最早該地区内では樹木の伐採は全く自由というに等しく、風致維持のため該規程を設けてこれを許可制にした意味が全く失われてしまうことになり、せつかくこのような規程がありながらそのような行政をなしていたのでは都内の風致は次から次へ失われて行つてしまうからである。

(なお右の場合に伐採許可申請をさせる必要性がありそれをさせていないことについては前述した。)

四、1、以上被申立人の本件処分は、その意思表示を形成するために本来不可欠な判断を欠いている点で、その意思表示に重大かつ明白な瑕疵を帯有し無効なものであるが、かりにそこまで至らないとしても違法なものとして取消されるべきである。

そしてその場合には本件処分を取消される申立外会社の不利益について少しも考慮する必要のないことは、右樹木伐採の必要性については同会社が一番良く承知していたのであり、そのための許可申請をすべきだつたにも拘らず、故意にせよ過失にせよ申請しなかつた点で被申立人の右判断欠缺について少からず与るところがあつたというべきだからである。

2、また、右判断をなしているとしてもその判断には前述のとおり、重大な事実誤認と法の解釈を誤つた違法が存しているのである。

(四) 本件建築物は本風致地区内の風致維持に重大な影響を及ぼすものである。

本風致地区内の風致に対し、本件建築物の存在(その位置、形態、大きさ、意匠、色彩などの点から)が、いかに悪影響を与えるかについて以下に述べる。

1、右の点について述べるに先立ち、先ず簡単に風致地区及び風致とは何か、なぜ風致が維持されねばならないかについて述べ、次に本風致地区の風致の現状を申立人らの主観にかたよることを警戒するため右についての文献を二、三引用することによつて以下に述べてみたい。

(1) 「風致地区」とは都市の風致を維持するため定める地区とされている(新都市計画法第九条第一五号)が、それでは「都市の風致」とは一体どのようなことを言うのであろうか。

このことについては別段法令でもつてはつきり定義づけているものでもなく、また言葉として普段使い慣れた明確な概念でもないので人によつて多少そのもつ意味合いを異にするであろうが、大方次のような定義に異存はないものと考える。

「都市の風致」とは都市内の人間の視覚によつて把握される空間構成(景観)のうち樹林地、水辺地等の自然的要素に富んだ土地(水面を含む)における良好な自然的景観のことであつて、市街地の美観が都市における建築美が保たれている状態をいうのに対し、都市の風致はいわば都市において自然的景観が良好に維持されている状態というべきものである(建設都市計画局同課編集「都市計画法解説」六七頁による)。

(2) 次に風致地区を指定しその風致を維持する必要性については、昭和三十八年に東京都から出版された「東京の公園その九〇年のあゆみ」と題する文献の中に簡単に述べられているので、それを引用したい。その内容は別紙文献(一)記載のとおりである。

そして、右風致地区の風致維持のため「風致地区規程」(昭和六年一二月二四日東京府令第四五号)ができ、それが旧規程そして現在の新条例へと変遷をみたのである。

石神井風致地区も右のような立場から神宮表・裏参道に次いで昭和五年十月に他の三つの地区と共に東京近郊中でも優れた「武蔵野台地特有な幽遽な湧水景観」の維持を目的として該地区の指定を受けたのである(前掲文献一五三頁参照)。

(3)(イ) ところで本風致地区及びその中心をなす石神井公園については、同公園が開園された昭和三十四年三月十一日付で東京都建設局公園緑地部から発行されたパンフレツトの「石神井公園案内」の中で簡単に紹介されているのでその記述を引用する。その内容は別紙文献(二)記載のとおりである。

また、昭和三十六年に出版された東京風土図(II)(産経新聞社会部編)によれば別紙文献(三)記載のごとくになつている。

右に引用した記述などからうかがえるように、本風致地区が三宝寺池及び石神井池の二つの池とその周囲の豊富な緑が現出する美しい自然的景観のゆえに風致地区の指定を受けたことは明らかである。

ただ右記述はいずれも十年以前のものであるから、そつくりそのまま現状にもあてはまるという訳にはいかず幾分か割引いて考えねばならないかも知れないが、それにしても武蔵野の古き面影を残したその自然的景観は今なお此処を訪れる人々の心に深い感銘と安息を与えずにはおかない。

(ロ) 右のことに関し、緑の多い三宝寺池の方はさておいて、本件建築物が建築される石神井池の付近に限つて現在のその周囲の景観を申立人らなりに概観してみたい。

石神井池が三宝寺池下流の低地を利用して昭和八年に築造された人造の池で現在一部ボート池などに利用されていることは先に見た通りであるが、それは周囲約二キロメートルの東西に細長く横たわつた池で、あたり一帯は小高くなだらかな丘陵をなしており、その西側は三宝寺池へ通じ、北側傾斜地は高級住宅地を形成し、そこには三階建以上の建物は一つとして見当らず、その多くは古い日本風の趣きのある建物であつて、そのいずれもがその広い庭などに良く手入れされた高い美しい生垣をめぐらせたり、庭木を多く植えたりして右の池を含む周囲の自然的景観を損わぬよう充分気を配り、そこにそれがまた一つ都会においては既に失われた郊外だけにしか見られない古い日本的風趣をかもしだし、本風致地区の風致の内実の一つを構成している。

そしてその南側は、同公園施設の一部として、右全体及びその周辺を見渡せる小高い所に幾つかのベンチを並べて展望を兼ねた休憩所とし、その傾斜面には芝生や草花を植えてここを訪れる人々に憩の場を提供している。

右展望台から眺めた景色は、人出の多い四、五月頃ともなれば、足元に広く横たわつた池の周囲に植えられた柳が一せいに青めき、その池面は柔かい春の日ざしを一杯に反射してきらきらと輝き、その中を楽しげな多くの若人を乗せたボートがあちらこちらに行き交うさまが望見され、松を中心とした周囲の緑は長い冬の眠りから解き放されて生き生きと春の息吹きを発散しつつ、あたり一帯を緑に埋め尽し、遠く前方には緑の樹木でかたどられた美しい陵線を望むことができ、それらはぎすぎすした都会生活で疲れはてた行楽客を自然のふところの中に引き込み安らぎを与えることによりその疲れを癒し明日への活力を与えずにはおかない。

しかしながら、もし本件建築物が建築されるとなると右に述べた景趣も一変させられてしまうであろうが、そのことについて次に述べることにする。

2、風致維持の観点から見た本件建築物と新条例との関係

(1) 本件建築物が風致維持に影響を及ぼすものかどうかの判断に新条例の考え方を参酌する必要性があることについて。

前述したように、旧規程二条によれば「風致維持に影響を及ぼす」ような建築物についてはその建築の許可を与えることは許されないのであるから、本件でも本件建築物が「風致維持に影響を及ぼす」ものかどうかの判断がなされるべきであることはいうまでもない。

ところで、それについては「風致」という言葉自体しかく明瞭な概念ではないのであるが、本件については幸いなことに、本件処分がなされた時点(昭和四十五年六月五日)においては既に新条例が公布せられた(同年四月一日)後で、近く施行をみるばかりになつていた(同年六月一五日)ときであり、しかも右新条例は近年の著しい都市化の波に対処すべく旧都市計画法に代つて新たに画期的な内容を備えた新都市計画法に基き政令の定める基準に従い、将来にわたる合理的な都市計画の総合的観点から都市の風致維持に関し、旧規程より一層詳細に規定の内容も整備され右目的に応ずるものとされているのであつて、風致維持と建築物との関係についても一応客観的な制限基準を設けているのであるから、抽象的な「風致維持に影響を及ぼす」かどうかの判断に際しその判断の手掛りとして、そしてまた判断者の主観に流れることを避けるためにも右新条例の考えを参酌することに充分の合理性があるのではないかと思われるし、否、むしろ本件のような場合では、右新条例が準拠すべき「風致地区内における建築基準を定める政令(政令第三一七号)ははるか以前昭和四四年一二月二六日公布施行されており、しかも新条例自身いまだ施行されてはいないものの、既に分布されて風致維持についての国や東京都の施策の方向や考え方がはつきりしている段階では、それに沿うよう法の解釈をなしかつ行政をもつて行くのが当然であつて、かかる理由から本件処分にさいしては新条例の考えを十分に参酌すべきであつたのである。

(2) 風致維持の観点から風致地区内に建てられる建築物を制限している新条例の考え方

(イ) 風致という概念が前述したように自然的景観をその中核とするものであるなら、本件建築物の如き人工的な施設は周囲の風致を助長する訳はなくせいぜい無害であるかさもなくば悪影響を及ぼすものでしかない筈であり、そのような考え方から、風致地区内に建築物を建築することは一般に風致と調和しないおそれがあるということで自由勝手に建築することを禁止し、一定の条件を充たし周辺の風致と著しく不調和を来たさないものに限つてそれを許している新条例の内容を次に見ることにする。

それによれば、建築物を新築する場合は床面積が合計十平方メートル以下のごく小さなものを除いて(このような小さなものは風致に影響を与えることはないとの考えに出たものであろうが)は、すべて建築にあたつて知事の許可を得なければならず(第三条)、そしてその場合許可を得られる建築物というのは、当該建築物の位置、形態及び意匠が当該建築物の敷地及びその周辺の土地の区域における風致と著しく不調和でないことを大前提に、第二種風致地区にあつては原則として、

(a) 当該建築物の建築面積の敷地面積に対する割合が十分の四以下であること。

(b) 当該建築物の外壁から敷地境界線までの距離が道路に接する部分で二メートル以下であること。

(c) 当該建築物の高さが十五メートル以下であること。

の各条件をいずれも充たしているものに限られている。

ただ例外的に、右制限を超過しているものでも特別の要件を備えている場合には許可することができるとされているが、右条例が旧規程とは異なり右のような具体的な制限基準を明確に規定していることは、右条例が建築物はその規模如何、その敷地との関係如何等によつては風致と著しく調和しないものとなるものとの前提のもとに、その一応のメルクマールを右制限基準に置いていることが読みとれるのであるから、それ故それを超過しているものは、特別に周辺の風致と調和しないということのない事情(例えば、周囲は高い木ばかりで隠れて目につかないとか)でもない限り、周辺の風致と著しく調和しないものとの判断を受け許可を認められるべきではなく、右例外規定はみだりに適用されるべきではないと考える。

(ロ) そこで、右制限基準の点から本件建築物を眺めてみると、本件建築物は建築面積五二八・四七平方メートル、敷地面積一、〇一三平方メートル、高さ二三・七メートルであるから、その(a)についても(C)についてもはるかに超過していることが分り、更に(b)についても現在の工事状況からすればこれまた超過していること明らかである。

即ち、新条例の措定する基準からみれば特別に周辺の風致と著しく不調和とならない事情も考えられない本件建築物はまさに周辺の風致と著しく不調和になるものというべきである。云い換えれば「風致に影響を及ぼす」ものであると云えよう。

(3) 本件建築物が建築された場合現実に予測される周辺の風致への悪影響について次に述べる。

(イ) 今日まで風致地区の名にふさわしく、一つとして三階建以上の建物等人工物が存在せず周囲の調和が破られずにその自然的景観が保持されてきた石神井池周辺の、池端から道路一つ隔てただけの北側の高台(別紙添付図面(一)参照)に、突如として二十四メートル近くもの巨大な鉄筋コンクリートの高層建築物が池の上にのしかかるようにそびえ立つにいたれば、せいぜい十メートルにも及ばない周囲の樹木で形どられた陵線はその一箇所によつて、完全に自然の調和を破られ、いわゆる風致が著しく損われてくる。

(ロ) 本件建築物は多勢の人々の居住を目的とする共同住宅(マンシヨン)で石神井池に面しこれを望むように設計されているところから、晴天の日などには必ずや軒なみに蒲団やおしめなどの洗濯物が満艦飾のように所狭しと干し並べられ、はるばる石神井公園の自然的景観を求めて日々の都会生活のうさを忘れその中にひたることにより明日への活力を見出そうとやつてくる行楽客の誰れの目にも全く不快で見苦しい光景を現出することは、まことに見易いところである。現に、前記公園内の展望台から東方数百メートル先に見える五階建の都営南田中住宅が、丁度右に述べたような光景を呈しているのであつて、その様子は周囲の自然的景観を楽しんでいる人に全く艶消の思いを与えずにはおかないのであるが、それと全く同じ光景が今度は眼前に繰り広げられることになるのである。

新条例では建築物の意匠や色彩の点からも風致と調和するものであることを要請しているのであるが建物そのものについて右の点などにいくら意を配つても、建物の用途、目的如何では右に述べたような形で周辺の風致に影響を与えるものであるから風致維持の観点からは建築物の用途まで充分考慮に入れこのような共同住宅などには建築許可すべきではないのである。

(ハ) 従来公園に来て何ら気兼ねなくその自然的景観を享受し楽しんでいた家族連れや若い男女のカツプルなどの行楽客は、今後は絶えず、マンシヨン居住者から興味本位でその行動を眺められているような心理に追い込まれ、片時として気持の休まらない状態に置かされる。

風致はただそれ自体存在するだけでは大した意義がある訳ではなく、それを眺め楽しむ人があつてこそ始めて大きな意義を有するものであるから、風致維持の観点からは独り自然的景観そのものの保存だけでなくそれを享受する人々に対して心からこれを享受できるように建築許可にあたつては配慮されるべきものなのである。

(ニ) 以上の他、現在深井戸を掘つて汲み上げた水でもつて枯渇を防いでいる石神井池の湖水に対する工事による地下水汲み上げの影響ならびに建築工事に伴う土砂の埃、建築資材運搬車やマンシヨン居住者等の利用する車がもたらす排気ガスや砂塵、巨大な本件建築物による自然環境の変化(例えば通風など)および多勢のマンシヨン居住者が出す炭酸ガスや硫化ガスなどが付近の草化、樹木へ及ぼす悪影響など、一々挙げたらとめどないほど、本件建築物が建築されることによる風致への悪影響が考えられるのである。

3、以上見たように多くの点から、本件建築物は誰れが考えても本風致地区の「風致維持に影響を及ぼす」ものであると云えるにも拘らず、影響を及ぼすものではないとした被申立人の判断は重大な事実誤認があり、右誤れる判断に基いてなされた本件処分はこの点からも違法たるを免れない。

なおこのような重要な判断を誰れが、いつ、どのような形でなしたかについて何ら責任ある文書(例えば復命書の如きもの)として残されていないことをばここで念のため申し添えたい。

第三、申立人らの地位およびその権利・利益侵害

本件違法な行政処分に基いて違法な本件建築物が建築されるときは、申立人らは次のようにその日常生活上享受してきた権利・利益を侵害されるが、その詳細な内容及び申立人適格については本案訴訟における申立人ら(原告ら)の昭和四十六年四月五日付準備書面における主張をすべて援用する。

一、本風致地区の風致の破壊による申立人らの享受するいわゆる環境権の侵害

本風致地区の風致の現状および本件建築物が建築された場合の右風致の破壊状況については既に前述した通りであるが、そのような風致の破壊は、従来長い間日常生活上色々な意味でそれぞれ個人個人として右風致を享受してきた申立人の権利・利益即ち環境権を侵害するものである。

二、申立人らの日常生活上享受してきた右以外の諸利益の侵害

申立人らはその居住場所が本件建築物に近接しているため(その具体的な位置・距離関係については別紙添付図面(二)参照)その建築工事過程においてあるいは建築後において違法な本件建築物からそれぞれの日常生活上享受してきた諸利益を次のように侵害される。

1、日照阻害

2、騒音振動による静寂な環境の侵害

3、プライバシー侵害

4、通風阻害及び風害

5、工事過程における正常な通行権の侵害

6、視界阻害

7、地価の下落

等。

第四、回復困難な損害及び緊急性

一、前述したように申立外会社によつて本件建築がこのまま続行されるときは

1、本件敷地上に残された八本の樹木はいずれも早晩違法に伐採されてしまうか枯らされてしまう。

2、工事中の鉄とコンクリートの醜い姿を行楽客、散策の人皆の眼前に晒して本風致地区の風致を害する。

3、申立人らに前述の利益侵害を及ぼす。

が、それらはいずれも事後においては回復し難い損害でありそしてその侵害は目前に差し迫つているので緊急に右工事を差止めるため本件処分の効力を停止する必要がある。

二、また申立人らが本案訴訟で勝訴したときは申立外会社は被申立人から違法建築物として本件建築物の取毀しを命ぜられ取毀さざるを得ないのであるが、本件建築工事が完成した後においてこれを取り毀すことは社会経済的に甚大な損害をきたすことになるので、それは回復し難い損害ということができる(行政法演習II七五頁)。

第五、よつて申立人らは申立の趣旨掲記の通りの裁判を求めて本件申立に及ぶ次第である。

文献(一) (東京の公園その九〇年のあゆみ)

「行楽とは勤労生活において息抜き、慰楽の目的のために定住居や職場から移動して行動する行為をいい、民族の東西を問わず古くから地域社会において行われていた。行楽の対象は美しい自然の山水、人工の風景、雪月花の四季の景物、魚鳥の狩猟その他様々であり都市社会の人々によつて最も広く長く享受利用されたことは都市が本質的に自然味に欠けていること、人々は自然なくしては生活できなかつたことを意味している」(二頁)

「都市は生活するのに便利であると共に健康的な土地であり、更に自然の美を保存し、潤いのある楽しい土地であることが要求される。今世紀の四半前記頃より著しい傾向を示した急激な都市の近代化に鑑み、都市の内外に天然の景趣を永久に保存し、史蹟、名勝等郷土の誇るべき文化財は特に森厳嵩高な環境において維持し、都会生活のもつ本質的な晦渋さを少しでもアメニテイーなものにすることは都市計画上極めて必要な問題であつた。」

「東京は大正末年頃より既に区部市街地周辺の暫定農地の宅地化が頻りに進み、その為に都市の全体計画として風致保存緑地を設け、これにある種の制限を加えなければならない事態が起りつつあつた。都市計画法(旧法のこと)第一〇条第二項による風致地区はかくて出発した」(一五二頁)

文献(二) (石神井公園案内)

「石神井風致地区は東京都の西郊にあつて井の頭恩賜公園や善福寺池と共に水と緑の散策地として知られている三宝寺池を中心とする地域で次第に都会化されていく首都近郊のなかで最も武蔵野の風趣に富み史跡や伝説の豊かな土地で、この地は往古武蔵野に覇を唱えた豊島氏累代の居城であつて文明年間大田道灌によつて落城した際の哀話が数多く伝えられています。」

「石神井公園は石神井風致地区の中核をなす三宝寺池及び石神井池を中心として昭和二八年三月三〇日に設定された東京都特別都市計画緑地のうち事業決定された区域の一部で今回公開するところはその中用地取得済みの五四、二一〇・二三平方米で東京都では用地買収と併行して園内の整備を行ない固有の風致を活かしながら公園施設の充実に意を用いました。」

「三宝寺池は古来井の頭池、善福寺と共に武蔵野の三湧水池として知られ、往時は閑雅な散策地として名高い池でした。池辺には弁天が祠られており、池中の浮島を中心とした地域は武蔵野特有の沼沢植物が群生しており学術上貴重なところであるので文化財保護法により天然記念物に指定されています。」

「石神井池は三宝寺池下流の低地を利用し昭和八年石神井風致地区協会によつて築造新たに石神井池と命名されたボート池で池辺は地元の協力によつて美化造成されたものであります。今般公園開園と共に池辺に野外ステージが設置され新たな風趣をそえています。」

文献(三) (東京風土図(II))

「石神井池ボート場の道をへだてた公園入り口から三宝寺池に進む。三宝寺池は石神井川の湧水点である、池の中央には浮き島状の腐植土の島があり多数の沼沢植物がはえていて天然記念物の指定を受けている。この池を中心とした公園は都の風致地区で禁猟区になつているが、まわり一面にはサクラ、カエデ、その他の樹木が多く池にはカモ、カイツブリなどが仲良く泳ぐさまは平和そのものである。昔は周囲がもつと深い森になつていて老松、老樹が多く弁天堂付近には巨大なフジづるがヘビのように木の間にからみついてジヤングルを思わせる光景だつたという。ホタルも多く飛んでいた。今では老樹も少なくなつて池も荒れはてているもののまだまだ風致地区にそむかない詩情あふれる風景を残している。ここは東京付近では珍しい植物とコン虫の豊富な所で開けゆく大東京から追われた虫たちのオアシスでもある。」(三六四頁以下)

図面(一)(現場付近見取図)〈省略〉

図面(二)(マンション敷地隣接位置関係図)〈省略〉

別紙二

意見書

申立ての趣旨に対する答弁

本件申立てを却下する。

訴訟費用は申立人らの負担とする。

との決定を求める。

被申立人の主張

第一事件の経緯

一 申立外小長井興業株式会社(代表取締役、小長井敏光)(以下単に「申立外会社」という)は、かねてより東京都練馬区下石神井二丁目一三三五番地二号に共同住宅(石神井パークサイドマンシヨン)を建設することを計画していた。

ところで、右建築敷地が都市計画法(大正八年四月五日、法第三六号、昭和四四年に改正前の旧法)第一〇条第二項によつて風致地区に指定された区域内にあるので、当該住宅を建設するために、昭和四四年三月一〇日に申立外会社は東京都風致地区規程(昭和二二年東京都令五一号)第二条の規定にもとづく許可および建築基準法(昭和二五年法律二〇一号)第六条第一項の規定にもとづく確認の申請書を併合のうえ東京都練馬区役所石神井支所に提出し、同日付で受理された(疎乙第一号証、東京都風致地区規程、疎乙第二号証、石神井風致地区地図)。

二 右申請は、いずれも東京都練馬区建築課を経由した後、同四四年三月二九日に風致地区規程による建築許可申請書は被告東京都知事(担当部局は東京都首都整備局建築指導部指導第二課)によつて受理された。

三 右申請の概要は次のとおりである。

ア 申請者住所氏名

武蔵野市西久保二丁目二八番二号

小長井興業株式会社

代表取締役 小長井敏光

イ 敷地の地名地番

練馬区下石神井二丁目一三三五番地二号

ウ 地域、地区

住民地域、準防火地域、第三種容積地区、風致地区

エ 用途

共同住宅

オ 工事種別

新築

カ 敷地面積

一〇一三・五平方メートル

キ 建築面積

五二八・四七平方メートル

ク 延べ面積

二九九〇・七八九平方メートル

ケ 階数

地上八階建

コ 最高の高さ 二三・七メートル

(疎乙第四号証、建築確認申請書、疎乙第五号証、建築許可申請書、疎乙第三号証、経由文書)

四 担当部局では、右申請のうち、東京都風致地区規程第二条による許可をすることに関しては、風致維持上からの許可の支障の有無について、主管課である東京都建設局公園緑地部自然公園課に合議し、同四四年五月六日に風致維持上影響はないとして許可する方向で内部意思を決定した。

五 他方建築確認申請については、可否の審査中同四四年五月中旬ごろに申請敷地の隣接および近隣の居住者から申請建築物が建築されると日照阻害工事中の騒音、振動等の被害をこおむるので、計画内容の変更の要望を含む適切な行政指導を求める陳情書がそれら居住者の代表である山瀬寿郎、佐藤利広の両名から知事あて提出され、担当部局でこれを受理した。

六 担当部局では、早速申立外会社に対し陳情の内容を伝えるとともに、陳情者に対して建築計画概要の説明とあわせて誠意をもつて話合いを行ない、了解が得られるよう指導した。

この指導にもとづき、申立外会社と陳情者の代表である山瀬寿郎、佐藤利広の両名の間で一〇数回にわたる話合いが続行され、その結果昭和四四年一〇月ごろ陳情者は建築計画に対して、不本意であるがこうむるべき被害に相当する補償があれば了解するとの基本的な合意が申立外会社との間で成立した(疎乙第六号証、指導についての担当者の報告書。疎乙第七号証、申立外会社による協定書の案)。

七 なおこの間担当部局において建築確認申請の審査中、一部建築基準法に適合しない部分があつたため、同四五年四月三日申立外会社にその旨を連絡した。

八 担当部局では、訂正後の確認申請の内容を検討した結果法令に適合していると認められたので、確認処分を行う意向を固めていたが、近隣の居住者から陳情書が提出されており、陳情書と申立外会社とが話合いによつて解決することを指導してきた事情もあり、正式に確認処分をすることを保留していた。

九 しかし、六で述べたように陳情者は被害に相当する補償があれば建築計画を了解するという合意が得られた模様なので同四五年初頭に担当部局では申請の保留も五ケ月前後におよび建築計画が法令に適合している以上、これ以上保留できないと考え申請に対して確認および許可をする意向であることを陳情者の代表の一人である山瀬寿郎あてに電話で通報した。

これに対して同氏から確認および許可が行なわれると今後の話合いの続行が円滑に進展しないことになるので暫時待つてほしいとの返答があり、担当部局もそれを了承した(疎乙第六号証電話の内容について)。

一〇 申立外会社は申請内容が法令に適合していると思われるし、また、これまで近隣の陳情者と再三にわたる話合いを行なつた結果、ほぼ補償金額が決定されるまでにいたり了解が得られる状況になつたから速かに確認および許可をしてほしいとの要望書を同四五年三月二三日に提出した。

なお当時申立外会社から近隣者代表山瀬一郎に対してなされた覚書(昭和四五年二月二四日付)も提出されており、それによると補償金総額一〇〇〇万円、支払い時期向う三か月内で着工可能となつた時、配分方法は隣接者各人で同意した額を申立外会社が支払う等を確約するという内容であり、申立外会社によると補償金額支払い時期配分方法等は、了承されたとのことである(疎乙第九号証覚書き(昭和四五年二月二四日付))。

一一 同四五年五月ごろ、申立外会社が陳情者に対し補償金を支払うことで建築についての同意が得られたところ、近隣者の一人である小笠原の土地に権利を特つ者が補償金の配分を主張するという事態が発生し、これによつて問題が紛糾し、六月三日に近隣代表と申立外会社と話合いが行なわれ、その結果補償金の配分については、公平な第三者(不動産鑑定士)に依頼して決定することになつた模様である(疎乙第一一号証、念書、疎乙第一〇号証、建築確認申請許可願、疎乙第一、二号証より疎乙第一四号証まで、補償金支払契約書(案))。

一二 申立外会社から、同四五年六月四日に、申請後一年有余の日時を経過しており、工事着工ができない状態であるから確認および許可を願いたいとの建築確認申請許可願が再度担当部局に提出された(疎乙第一五号証、建築確認申請許可願)。

一三 担当部局では同四五年六月五日、これまでの経過を判断して陳情者の代表者である山瀬寿郎氏に確認および許可を行なう旨を電話で通報し、同日、申立外会社に対して確認および許可を行なつた(疎乙第六号証、電話の内容および立会つた人の報告)。

一四 その後同四五年六月九日、近隣住民と申立外会社との間で、日照、通風、採光、その他の被害に対してその補償金並びに見舞金として総額一〇一二万円を、申立外会社は近隣住民に支払い、補償金の配分は近隣者において公平を期するため第三者(不動産鑑定士)に委任するという同意がなされた。

これにもとづき同四五年六月一五日両者の間で覚書がなされた。近隣住民は補償金額一〇一二万円のうち三〇万円を内金として不動産鑑定士による鑑定のために、申立外会社より受領し、領収書を提出している。この覚書の近隣者は本件共同住宅を建築するに当り、建築反対を都議会に請願もしている。

また、覚書および領収書には、近隣者代表として山瀬寿郎および申立人佐藤利広両名の署名押印がなされている(疎乙第八号証、申立外会社の交渉経過報告書、疎乙第一六号証、覚書(昭和四五年六月一五日付)疎乙第一七号証領収書)。

一五 同四五年九月八日、申立人らは、行政不服審査法にもとづき許可処分取消の異議申立てをなしたが、同四六年五月現在決定はなされていない。

一六 同四五年一〇月一三日、申立人らは、行政事件訴訟法にもとづき、建築許可処分取消請求の訴えを東京地方裁判所に提起した。

一七 同四六年三月に申立外会社は、近く工事を再開することおよび同年三月一二日までに補償金一〇一二万円の残金九八二万円を受けとるようにとの通知を山瀬・佐藤両氏になしたようであるが期限までに両名は受け取らず、その後両名は覚書きによる契約は建築許可が適法であるという前提になされたものであるが、建築許可が違法である以上、覚書にある契約はなかつたものと考えるという回答を申立外会社にしている模様である。

一八 申立外会社は同四六年三月一二日に工事を再開し、建築敷地内の立木伐採を行なつたところ、住民より東京都西部公園緑地事務所に通報があり、同事務所は風致地区条例により規制された立木の無許可の伐採であるとして作業を中止させた。

申立外会社は同四六年三月二六日過失により、許可なく立木を伐採したことを認め、風致地区にふさわしく植裁措置を行なう誓約書を東京都西部公園緑地事務所に提出した(疎乙第一八号証誓約書)。

この後申立外会社は、西部公園緑地事務所の指導のもとに、数本の立木を現在位置に移植しているが移植行為は風致条例により規制されるものではない(疎乙第一九号証申立外会社の立木伐採の経過および措置について)。

第二本件許可処分の適法性

本件許可処分は、以下に述べるとおり適法になされたものであり、また、この点に関する申立人らの主張はいずれも理由がない。

一 本件許可処分の存在について

(一) 本件許可処分は、東京都風致地区規程(昭和二二年五月二日都令第五一号、疎乙第一号証)第二条にもとづきなされたものである。

旧都市計画法(大正八年四月五日法第三六号、昭和四四年改正以前の旧法)第一〇条第二項は、都市計画区域内においては、風致維持のため特に地区を指定することができるとし、また、これにより指定された風致地区内においては、工作物の新築、改築、増築もしくは除却、土地の形質変更、竹木土石の類の採取その他風致維持に影響をおよぼすおそれのある行為について、都道府県知事は建設大臣の認可を受け命令をもつてこれを禁止し制限することができるとされていた。(同法第一一条、同法施行令第一三条)。

そこで東京都長官(知事)は、前記東京都風致地区規程を定めたが、その第二条は、風致地区内において、建築物その他の工作物の新築、改築、増築、移転、修繕、変更または除却(一号)、土地の開墾、切土、盛土、水面の埋立その他現状の変更(二号)、竹木、土石の類の採取(三号)、前各号の外風致維持に影響をおよぼすおそれのある行為(四号)を行なう者は、知事の許可を得なければならないとしていた。

(二) ところで、申立外会社は、東京都練馬区下石神井二丁目一三三五番地二号の土地上に、地上八階建の共同住宅(石神井パークサイドマンシヨン、以下「本件建築物」という。)の建設を計画したところ、右土地が石神井風致地区(面積約九六・八三ヘクタール、昭和五年一〇月二七日内務省告示第二〇六号により指定されたが、同三八年に一部区域の変更がなされた。)に含まれており、(疎乙第二号証)風致地区規程の適用をうけるため、同四四年三月二九日、建築基準法第六条にもとづく建築確認申請(疎乙第四号証)とあわせて、右規程第二条にもとづく建築許可申請(疎乙第五号証)を被申立人たる知事に対してなしたものである。

(三) 右建築許可申請を受理した被申立人は、本件建築物が当該風致地区における風致維持に影響をおよぼすものではないと判断して、同四五年六月五日付でこれを許可した。(疎乙第四一号証)

二 本件許可処分における被申立人の判断の正当性

(一) そもそも、風致地区規程は、風致維持に影響をおよぼすと認められる一定の行為について許可することができないと規定しているが、許可の基準については何ら規定しておらず、その判断を行政庁の裁量に委ねたものであることが文理上明らかである。

また、その点は別としてももともと風致維持に影響をおよぼすか否かについての判断基準は、その性質上、これを一義的、形式的に規定しうるものではなく、同規程がこれを明示しなかつたのは右の理由から、風致維持に影響をおよぼすか否かの判断を行政庁の裁量にまかせる趣旨であるということができる。

(二) ところで被申立人において、本件建築物が当該風致地区に影響をおよぼすことがないと判断した理由は、つぎのとおりである(疎乙第四〇号証)。

(1) 本件建築物は、石神井風致地区の中心をなす石神井池の東端より約三〇メートル北方に位置し、石神井池との間には幅員六メートル余の公道が存在し、しかも池の東端部分はボート乗り場としてボート小屋等が存在するのであるから、その敷地が直接池に面しているわけではない(疎乙第二一号証)。

さらに、本件建築物の高さは、最高二三・七メートルあるが、この敷地が建築基準法にいう住居地区、容積地区(第三種)に指定されているため、同法により高度制限を受けることがないのみならず、さらに風致維持に影響をおよぼすほど高いというほどのこともなく、また設計図(疎乙第二二号証ないし三〇号証)によればその外観は特段奇異な形態のものということはできないから、これが周囲の景観に対して影響をおよぼすものとはいえないこと。

(2) 本件許可申請にあたり提出された設計図(建築確認申請と共用)のうち、仕上表(疎乙第二四号証)によれば、本件建築物の外壁の色は薄青磁色に、またバルコニーの手摺りは灰白色にそれぞれ彩色されるように計画されているから、建築物の外観が赤や黄色などの原色を用いたばあいと異なり、本件建築物の存在によつて、周囲の緑樹、水面あるいは空間との不調和を生ずるとはいえないこと。

(三) 以上のとおりであるから、本件許可処分が行政庁の裁量権の範囲内で行なわれたことは明らかであり、何ら違法なものではない。

三 東京都風致地区条例の制定と本件許可処分への影響について

(一) 都市計画法は、同四三年六月一五日改正公布され、同四四年六月一四日施行された(昭和四三年法第一〇〇号)。これにともない風致地区については、同法第五八条の規定により条例によつて規制するところとなり、同四五年四月一日、東京都風致地区条例(昭和四五年条例第三六号、疎乙第三一号証)が制定公布され、翌四五年六月一四日から施行された。

(二) 東京都風致地区条例(以下「新条例」という。)は風致地区内における建築等の規制の基準を定める政令(昭和四四年一二月二六日政令第三一七号)の定めるところにより、風致地区内における宅地の造成、木竹の伐採、建築物等工作物の建築等の行為について知事の許可を要するとした外、その許可の基準について詳細な規定を置いた(新条例第五条)。

(三) 新条例の制定により東京都風致地区規程(以下「旧規程」という。)は廃止された(経過規定による効果を除く)が、旧規程が前述のとおりその許可基準を明記せず、単に「風致維持に影響のある行為」を不許可とするとしていたばあいにくらべ、新条例は、いかなるばあいに風致維持に影響をおよぼすといえるかを一応明らかにしたものということができる。

なお、右の風致地区内における建築等の規制の基準を定める政令は同四四年一二月二六日に公布され、即日施行されているが、建築許可はこの政令によつてなされるのではなく、この基準にしたがつて条例が制定され、この条例が施行されてはじめて、その基準にしたがつた許可がなされるのである。

(四) ところで本件許可処分は、同四五年六月五日付でなされたがこれは、新条例の公布後、施行前の時期にあたる。そして、申立人らはこの点をとらえて、旧規程における内在的制限が新条例に明示された許可基準の内容と同一のものと考えるべきであると主張する。しかし、この主張は、以下に述べるとおり正当ではない。

第一に、本件許可処分は、新条例の公布後になされたものとはいえ、その施行期日以前になされたことは明らかであるから新条例にいかなる基準が定められていても、それが本件許可処分に遡つて影響をおよぼすことは全くない。それは、新条例の効力が施行後に生ずるものであり、またもし、遡つて本件処分に影響をおよぼすとすれば法律不遡求の原則に反することからも明らかである。

第二に、新条例が、旧規程のばあいと異なり許可の基準を明示したのは、旧規程が終戦直後の未だ今日の都市にみられる急激な変貌(過密化高層化などの質的変化とともに市街化の急速な拡大による自然破壊の危険性)が予測されない時期に制定されたものであり、しかもその許可基準が具体的に明示されていないため裁量の余地が広く、現在のはげしい都市化の波の中で風致地区における風致を維持するためには余り効果が期待できないという判断にもとづくものである。

それゆえ、新条例による許可基準は、従来の旧規程が内在していた許可基準にくらべはるかに権利者に厳しい内容を定めたものと解すべきである。そうだとすれば、そのような厳格な許可基準によつて風致地区内における一定の行為を禁止しまたは制限を加えることは、あくまで法律(条例を含む)の制定をまつて初めて行なうことができるというべきであり、そうでなければ、権利者に対して不測の損害を与えることになる。このことは、このような権利の制限が倫理的なものではなく、あくまで政策的配慮による行政法規のばあいは特にそうであるといわなければならない。

かくして、新条例の公布後とはいえ、その施行前になされた本件許可処分は、新条例によつて何ら影響をうけるものではなく、旧規程によつてなされた判断は正当であつて、違法ではない。

なお、本件許可申請は、新条例公布時の一年以上も前になされていたにもかかわらず、本件許可処分が新条例の公布施行前の時期にようやくなされたのは、次の事情によるのである。すなわち、本件建築物の建築によつて生ずると隣接住民らが主張したところの日照阻害、通風妨害などの問題について、当該住民と申立外会社との間でできる限り円満な解決がはかれれば望ましいことであり、直ちに確認および許可処分をすれば隣接住民に不利になると考えたので、たまたま新条例公布後施行前に本件許可処分がなされることになつたのである(疎乙第六号証)。

四 樹木の伐採行為の本件許可処分への影響について

つぎに申立人らは、申立外会社が本件建築許可を得て工事に着手した際、その敷地上にあつた一三本の樹木のうち五本の樹木を伐採した事実があり、しかもこの伐採は風致地区規程第二条は勿論、伐採の当時適用された風致地区条例第三条の許可をとらずになされたものであることを主張し、その結果そもそも本件建築物の建築は、このような樹木の伐採を不可欠の前提とするものであるから、被申立人は本件許可処分の前提として、これら樹木の伐採が風致維持に影響をおよぼすか否かの判断をなすべきであつたのであり、またそうだとすれば、これが当然に風致維持に影響をおよぼすと考えるべきだから、この判断を欠いた本件許可処分は違法であると主張する。

申立人らの主張するように、本件許可処分の後に五本の樹木の伐採が無許可でなされたこと、住民からの通報により、石神井風致地区の監督者である西部公園緑地事務所がこれを差し止めたことなどはいずれも事実として認めることができる(疎乙第一九号証)。が、そうだとしても、本件許可処分自体が違法になるものでないことは、つぎにのべるとおりである。

(一) 風致地区内における建築物の新築等にかかる許可の可否は、あくまで当該建築物がそこに存在することによつて周辺の景観との不調和を招来するか否かによつて判断されるものであり、その建築物を建築する上で敷地上の樹木を伐採しなければならないとしても、これが伐採が風致地区規程(もしくは条例)によつて許されるかどうかは別個に判断されるものであり、かりにこれが許されないとしても、そのことのゆえに当該建築物の建築自体が風致地区規程(もしくは条例)にてらして許されないとされるものではない。

訴外会社が、三月一二日に樹木の伐採をした行為については、それが風致維持に影響をおよぼすか否かはともかく、風致地区条例第三条に違反してなされたものとしてこれを差し止め、違反者たる訴外会社に対して行政上必要な措置を行なつたものであり(疎乙第二〇号証)、これが本件許可処分の効力に影響をおよぼすものではないことは前述したところから明らかである。

(二) また、申立人らは、本件建築物の建築が、これら敷地上の樹木の伐採を不可欠の前提にするというが、それは申立人らの独断にすぎない。すなわち、本件建築物の敷地上の樹木は、これを常に、伐採しなければ建築不可能というものではなく、これを敷地内の他の位置に移植することも可能であり、現に訴外会社は被申立人が差し止めた後は、残余の樹木のうち数本を移植しているのである(疎乙第一九号証)。またこの移植は、西部公園緑地事務所の監督指導のもとに行なわれた(疎乙第二〇号証)のであり、移植によつて故意に枯れさせる意図があるという申立人らの主張は根拠がない。むろん、樹木の移植が風致地区規程(もしくは条例)の適用をうけないことは、これら規定にてらして明らかであるから、そのような可能性がある以上、建築物の敷地上に樹木が存在することのみをもつて本件許可処分が違法であるという主張は全く理由がない。

(三) 更につけくわえれば、行政指導によつて建築主をして建築物の規模にふさわしい景観を確保するため樹木を相当数植樹させることも可能であり、したがつて建築物の敷地上に樹木が存するからといつて論理必然的に建築物の存在が風致維持に影響をおよぼすとはいえない。現に、本件建築物のばあいも、申立外会社は誓約書(疎乙第一八号証)においてその旨意思表示しており、この点からみても本件許可処分が違法であるとはいえない。

(四) 以上のとおりであるから、本件建築物の敷地上に樹木が存在すること、および申立外会社がこれを規程(もしくは条例)に違反して伐採したことは、何ら本件許可処分に影響を与えない。

五 本件建築物の建築によつても、申立人らが予測するような風致への悪影響は認められない。

申立人らは、更に、本件建築物の建築によつて現実に風致への悪影響が生ずるから、本件許可処分は違法になされたものであると主張する。しかし、これらが根拠のないものであることはつぎにのべるとおりである。

(一) 申立人らはまず、本件建築物が二四メートル近くの高さを有する鉄筋コンクリートの高層建築物であることから、周囲の樹木によつて形成された景観との不調和を招き、ひいては風致が害されるという。

しかしながら、さきにものべたとおり、ある行為が当該風致地区の風致に影響をおよぼすといえるか否かの判断は、風致地区規程の文理上もしくはその判断の性質から行政庁がこれを合目的的に判断しうる裁量権を有するのである。そして、その裁量権の範囲内で行なわれた判断は、当、不当の問題はともかく、違法の問題が生ずるものではないことはいうまでもない。

本件建築物についても、その高さは二三メートルを越えるものであるが、それが建築された場合を想定した想像図(疎乙第三二号証の一ないし三)によれば一概に周辺の景観との不調和を生ずるものとはいえない(この点に関連して疎甲第八号証の一及び二の写真に記入された本件建築物の想定図は不正確なものである)し、また申立人らは、周辺の景観との不調和がみとめられるか否かの基準として、周辺の樹木によつて形成される約一〇メートルの高さの稜線を想定しこれとの関係でうんぬんするが、このような基準の設定は、風致地区の特定の位置からのみの景観を問題とするものであり別の方向からは全く問題となりえず基準として妥当なものとはいえない(疎乙第三二号証の四、別方向からの写真)。そうだとすれば本件建築物は一般平均人からみて風致維持に影響を及ぼすものとは直ちにいえず、この場合は裁量権の範囲内において行政庁の判断が尊重されるというべきである。

(二) つぎに申立人らは、本件建築物が共同住宅(いわゆるマンシヨン)であり、そのバルコニーに干し物などが並べられることにより周辺の景観を害すると主張する。

しかしながら、第一に、申立外会社は入居者との分譲契約にあたり管理規約に同意することを条件としており、この規約第一四条七号には右のような行為を入居者に禁じているからそれによる風致への影響は考える必要がない。(疎乙第三三号証)

また、かりに申立人らのいうように入居者がその生活を継続してゆくうえで干し物をならべることがあつたとしても、それはその者が健全な生活を営むうえでなされるものでありいわば社会生活上やむをえない行為であり、申立人らが風致景観によつて享受すると主張する利益の侵害がそれによつてかりに生ずるとしてもそれはいわば受忍の限度内のものとして許されるべきである。このことは申立人ら自身、各家庭において干し物をせざるを得ないことを考えれば当然のことである。

(三) さらに、申立人らは、本件建築物が石神井公園に面して建築され、その公園の利用者がマンシヨン居住者から絶えず行動を眺められる位置にあることをもつて本件処分が違法であると非難する。

しかしながら、本件建築物は、石神井池の東北端から三〇ないし四〇メートル以上離れた位置にあり、公園の利用者の行動をつぶさに望見しうる距離にはないから(疎乙第二一号証)、本件建築物の存在によつて公園利用者がたえず眺められているという心理的圧迫をうけるという申立人らの主張は、単なる推測にすぎないものである。まして、本件建築物の入居者によつて興味本位に、公園利用中の若い男女のカツプルが眺められるという主張は、全く独断的推測によるものといわなければならず、このような理由が本件処分を違法とするものとなりえないことはいうまでもない。

またかりに、万一そのようなことがありうるとしても、都市における公園が住宅から全く隔絶したところにあるものではなく、申立人らのこのような主張が正しいとすれば、池の周辺に近接して存在する住宅は、すべて「風致」に影響を及ぼすものとして違反建築にならざるを得ない。これが不当なことは、池の周辺に居を構える申立人ら自身においても否定しえないであろう。

ようするに、申立人らのかような主張は、「風致」の概念と「風俗」の意味をとりちがえたことから生ずるもののように思われる。このような公園利用者の受ける不利益がかりにあるとしても、それはいわば社会生活上受忍の義務の範囲内にあることは以上の点からも明らかである。

(四) そのうえ申立人らは、本件建築物が存在することによつてその居住者が利用する自動車により排気ガス、砂塵を生じ、また、多数の居住者が本件建築物で生活を営むことから排出する炭酸ガス、硫化ガス等によつて附近の草木に悪影響を及ぼすとも主張している。

しかしながら、これらの排気ガス等は、本件建築物の建築によつて論理必然的に発生するものではなく、かりにそれが生じうるとしても、附近地の草木に影響を及ぼす程のものとはいえない。すなわち、申立外会社の建設計画によれば、本件建築物はセントラルヒーテイングの設備を有していないことは設計図上明らかである(疎乙第二五号証)から、多量の重油等の燃焼による排気ガスの心配はなく、また各戸の厨房からの排気ガスはパイプスペースによつて屋上へ誘導され大気中に放散されるよう設計されている(疎第二五号証)から、これによる草木への影響はほとんど無視しうる程度であり、それは申立人自身が日常生活において与えている程度をこえるものではない。

(五) また、申立人らが主張するところによれば、本件建築物の工事にともない、地下水の汲みあげによる石神井池及びその周辺の草木への悪影響があり、また工事により砂埃、建設工事用車両のもたらす排気ガス等による草木への悪影響があるというのであるが、本件建築物の建築計画によれば、その建設工事に必要な水はすべて水道水により地下水を使用せず(疎乙第三八号証)、また工事にともなう砂埃、車両による排気ガスもその影響は一時的なものに止まり、かりに何らかの影響があるとしても、それは現在すでに存在すると考えられる当該地区内の道路における車両の通行による影響を大巾に増大させるものではないから、この点からみても風致維持に影響を及ぼすものとして違法事由とされるものではない。また、かりに、工事等によつて草木に何らかの影響を及ぼすことがありうるとしても、それは風致地区規程の適用の有無により規制防止するものではなく、むしろ効果的な行政指導によつてできる限り防止すべき問題に止まるものというべきである。

(六) 以上のとおりであるから、いずれにしても本件建築物が存在することによつて、申立人らが予測するような悪影響はありえず、またかりにあつたとしても本件許可処分の違法事由となりうるものではない。

第三本件申立ての却下を求める理由

一 本案訴訟の不適法

(一) 出訴期間徒過

取消訴訟は、処分があつたことを知つた日から三カ月以内に提起しなければならないが(行政事件訴訟法第一四条第一項)、本件処分について申立人らが提起した訴え(東京地方裁判所昭和四五年(行ウ)第一九七号建築許可処分取消請求事件)は、処分があつたことを知つた日から三カ月を徒過して提起されたものである。

すなわち、右訴えは、昭和四五年一〇月一三日に提起されたが、申立人らが本件処分のあつたことを知つたのは、訴提起より約四カ月前の本件処分のあつた同年六月五日(許可書は、翌日申請人たる申立外会社に送達された。)直後であつたのである。この点についてくわしく述べれば次のとおりである。

まず、すでに述べたとおり、申立外会社は、本件処分以前に、本件建築物の近隣居住者一一名(山瀬・佐藤(申立人)・桐谷(申立人)・一の瀬・萩原・黒岩・小笠原・千葉・棚橋・隈田・柳川)との間で、日照阻害などを原因とする補償金の支払契約を締結していたが、これらを代表して交渉していた山瀬、佐藤利広(申立人)のうち山瀬は、同年六月九日、申立外会社の担当者剣地幾寸計に対し、「許可がおりたそうですね。おめでとうございました。」旨電話をしており、このことから当然に申立人佐藤も同桐谷も本件処分のあつたことを知つていたということができる。

次に、同年六月一五日、右剣地幾寸計は、申立外会社高円寺営業所事務所において、右山瀬と申立人佐藤に会い小切手を手渡したが、このとき申立人佐藤は、「許可がおりたそうですね。よかつたですね。」と述べており、申立人佐藤は、おそくとも同年六月一五日ごろまでには、本件処分のあつたことを知つていたということになる。申立人佐藤は、申立人山田および申立人桐谷と本件処分のあつた前後から本件建築物の建築をめぐつて密接な交渉をもつており、申立人佐藤と同様に、おそくとも同年六月中旬ごろまでには、本件処分のあつたことを知つていたということができる(疎乙第八号証)。

右のように、本件処分にかかる取消訴訟は、申立人ら全員について、処分があつたことを知つた日から三カ月を経過して提起されたもので、本案は不適法であり、本件処分の執行停止を求めることは許されない。

(二) 訴えの利益

処分の取消しの訴えは、その処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有するものでなければ、提起することができない(行政事件訴訟法第九条)。

ところで、申立人らは、「日常生活上においてもその疲れや緊張をやわらげるなどの目的からしばしば本風致地区の中心の石神井池三宝寺池の周囲を散策しながらその自然的景観を享受してきた者である。」と主張しているが、こういつた利益は、法的に保護された利益ではなく、たんに法規による制約の結果として反射的に生ずる利益、すなわちいわゆる反射的利益にすぎない。というのは、風致地区規程によつて保護されるのは、風致の維持であり、個人的利益をまもるためのものではないからである。本件建築物が建築されたばあいでも、後述のとおり、風致維持に影響はないのであるが、申立人らの主張する利益が害されることがあつたとしても、右に述べた理由から申立人らには訴えの利益はないということになる。

次に、申立人らは、「違法な本件建築物が建築されることにより近隣居住者として日照、通風、眺望、騒音、振動および地価の下落等種々の点で日常生活上多大な悪影響・被害をこうむりその権利・利益を著しく侵害される者である。」と主張している。

しかし、本件許可処分のような警察許可にあつては、これによつてなんら私人の権利関係に影響をおよぼすものではないから、この許可にもとづいて建築された建築物によつてなんらかの影響を受けたとしても、その者はその処分の取消しを求めるについて法律上の利益を有するとはいえない。したがつて、申立人らには、いずれにしても訴えの利益はないということになる。

なお、ついでに日照などと申立人らの関係を述べると、申立人山田の住居は、本件建物から道路をへだてて約三五メートルの距離にあり日照阻害などの影響はほとんどなく、申立人佐藤および申立人桐谷の住居についてはこれらの影響は全くないということができる。

二 回復困難な損害がない。

(一) 本風致地区の風致の破壊による申立人らが享受するいわゆる環境権の侵害について

申立人らがその風致から享受していたと主張する環境権が具体的にどのような事実をさすものか不明確であるが、本件建築物の建築は風致維持に対してすでに述べたとおりなんら影響を与えるものではない。

また一般に環境の良否の基準とされている日照、通風、視界等について個々にみても後述するごとく申立人らの主張するような利益をなんら侵害するものではない。

なお風致が維持される利益は都民一般の利益であるから、かりに申立人らの主張のごとく本件建築物の建築が風致維持に影響を及ぼす違法なものであつたとしても、それは申立人らにおいて個人的な不利益をうけたものでもなく、また申立人らの具体的権利を害するものでもない(宇都宮地判昭和四四年四月九日、いわゆる日光太郎杉事件、判例時報五五六号二三頁登載)。

よつて申立人らは当該建築物建築許可処分によりなんら回復困難な損害をうけるものではない。

(二) 申立人等が日常生活上享受してきたと主張する環境権以外の諸利益の侵害について

申立人らは当該建築物が建築されることにより、イ 日照阻害、ロ 騒音、振動による静寂な環境の侵害、ハ プライバシーの侵害、ニ 通風阻害及び風害、ホ 工事過程における正常な通行権の侵害、ヘ 視界阻害、ト 地価の下落、等の侵害を受けると主張する。

これらの侵害事実は、たとえあつたとしても法によつて保護された利益とはいいがたく、その不利益は一般に救済しうる利益であるかどうか、いまだ判例、学説とも確定しないところのものである。また、当該建築物建築により申立人らの主張するこれらの侵害事実があつたとしてもそれだからといつて風致地区規程による建築許可が直ちに違法となるものでもない。

ところで申立人らの主張する七項目の侵害事実につき本件の場合、現実に起り得るものかどうか、またそれが回復困難な損害といえるかどうかにつき、以下に項目別に検討する。

イ 日照阻害について

日照阻害があつた場合、日照を受けるという利益が日照権というような法律的に保護に価する権利であるかどうかは一応別として、申立人ら三名において実際に当該建築物が建築されることにより、いままでうけていた日照がはたして阻害されるかどうかを検討する。

疎乙第三四号証は当該建築物が建築された場合に予想される冬至の午前九時、正午、午後三時における日影となる部分を示すものであるが、申立人ら三名の居住する住宅についての日照は、当該建築物によつて影響を受けるものではなく、山田宅においてのみ午前九時にその住宅の約三~四坪が日影となるにすぎない。

この程度の不利益は社会生活上、受忍の限度を超えるものではない。

よつて申立人らは当該建築物によりなんら違法な日照阻害をうけるものではない。

なお申立人らが当該建築物により、太陽の恩恵を受けることが妨げられることのないという事実は申立人ら自身が提出した日本不動産研究所の調査報告書(疎甲第二七号証)によつてもまたあきらかである。

すなわち同報告書のいうところの日射については、佐藤、桐谷共に阻害率はまつたくないことが報告されている(第三表参照)また、そもそも上記報告書が近隣住民のうち被害があると住民ら自身が考えていた者について、一〇一二万円の補償金の分配のために作られたことを考えれば、その中で鑑定の対象となつていない山田は、彼自身当該建築物により少くとも日照に関し不利益を受けるとは考えていないものと思われる。

以上によつて申立人らは、いずれも日照阻害による損害が全くないものということができる。

ロ 騒音振動による静寂な環境の侵害について

申立人らは、建築工事過程において工事にともなう騒音振動が存在すると主張する。

しかしながら、仮にそのような騒音振動が生ずるとしても建築工事は一時的なものであり、また風致地区内であることによつて直接的に騒音振動をたてることが禁止されるものでもない。

申立人らが風致地区の住民であつたとしても、騒音、振動についてもまた、社会生活上の受忍義務を負うものであり、よつて建築工事がきわめて多大な騒音振動を発生するであろうことが予見されるならばともかく、本件建築工事にともなう騒音振動により一時的に周囲の静寂さが侵害される可能性があるからといつて、風致地区規程による許可処分が直ちに違法となるものではない。

なお、工事にともなう騒音が、一般的な受忍の限度を超えるような場合には、その権利侵害が生じた時点で、申立人らは侵害者に対し民事訴訟上の手段により、侵害行為を差し止めること、もしくは、それによる損害の賠償を請求することができるのは別論である。

ハ プライバシーの侵害について

申立人らがプライバシーが侵害されると主張するのは、当該建築物が建築された場合、その入居者により申立人らの住居内がのぞき見される不安があるとの趣旨であろうと考える。

ところで山田及び桐谷の居住建物と当該建築物との間隔は最短距離(疎乙第三五号証、図面中赤色及び緑色の直線)をとつてみても、いずれも少くとも三〇メートルはあり、両名の住宅とも・ヘに立木の多いことを考えるならば、実際はのぞき見られるおそれはほとんどないものとおもわれる。

また、佐藤の住宅は当該建築物とは数一〇メートルの距離にあるが、乙疎第三六号証及び乙疎第三七号証の写真でみるごとく、佐藤の住宅の庭の当該建築物敷地に面する側は立木が多く佐藤宅は、その樹木の間にうもれるごとく存するものであり、他の二名同様のぞき見されるおそれはない。

ニ 通風阻害及び風害について

前項で述べたごとく、申立人ら三名の住居と当該建築物との間にはいずれもかなりの距離が存し、また山田においてはその間に巾員六メートル以上の公道が存するのであるから、これだけをみても通風が阻げられるおそれはなく、いずれにしても申立人らに不利益が生じるということはない。また風害については、一五階建、二〇階建というような超高層ビルならばともかく、当該建築物程の高さでは風害といえる程の被害は一般に起るものとはされないから、申立人に不利益をもたらすものではない。

ホ 工事過程における正常な通行権の侵害について

建設工事中は工事のためにトラツク、ダンプカーなどが通行することになるが、申立外会社では、付近道路の正常な通行がなされるように、交通整理員及びガードマンを作業中配置し、道路上に土砂等が落ちた場合は、それをすみやかに除去し、砂ぼこりなどを除ぐため散水を行ない、また、交通が確保されるように工事現場への車の出入を整理する模様であるので、付近住民が通行を害されることによつて不利益をこおむるおそれはない。したがつて、申立人について同様に回復困難な損害の生じるものではない(疎乙第三八号証)。

ヘ 視界阻害について

申立人らはその職業その他特別の事情(例えばアマチユア天文家などの如く)にもとづき自己の住居において視界のひらけていることにより積極的な利益を得ていたものではなくその住居より周囲を眺めることが、ときには多少なりとも肉体的疲労や緊張を柔げ、気分転換することに役立つたかもしれないという程度の消極的利益を得ていたにすぎない。

当該建築物が建築された場合、桐谷、山田の両住居からは三〇メートルないし四〇メートル程離れており、山田の場合には前述したごとく、近隣住民の判断においてさえ、土地鑑定報告より除外されている程であり、視界についてもなんら不利益をこおむることがなく、また桐谷についても視界が阻げられることが全くないことについては、申立人側疎明資料(疎甲第二七号証第四表及び第五表参照)からも明瞭である。佐藤の場合、その住宅の北面は小笠原の敷地であるが、その地盤は佐藤の住居より二~三メートル高く、しかも小笠原の家は二階建である。また、西面はガソリンスタンドの外壁がそびえ立ち、また北面及び西面の境界近くにはかなりの樹木がおい茂つている状況である(疎乙第三五号証、疎乙第三六号証、疎乙第三七号証)。

よつて、佐藤宅の北西側に当該建築物が建築されたとしても、視界に関しては現状に比較してあらたな不利益が生じるものではない。

以上により申立人いずれにおいても、一般的に近隣者としての受忍義務と考えられる以上に視界が阻げられたとはいいがたく、よつて不利益をこおむるような損害も生じえない。

ト 地価の下落について

一般に建築物の建築により日照が阻げられ南向の視界がまつたくなくなり、冬寒く、夏は通風阻害のため暑くなつたというような場合はともかくとして、本件建築物の場合、すでに述べてきたように日照、通風、視界その他につき一般の受忍義務をこえる不利益を申立人らに与えるものではなく、従つて申立人らにおいては、その居住する土地の価格は本件建築物が建築されるからといつて、下落するとはいいがたく申立人らに損害が生じると考えることはできない。

以上述べたごとく、申立人らが起り得ると主張する各侵害事実については、それらが申立人らに実際に不利益を与えるとは断定し得るものではなく、万一起り得たとしてもそれは受忍義務の範囲を越えるものではないから、法的に救済すべき不利益とはいえない。

よつて当該建築物の建築によつて申立人らに何ら回復困難な損害が生じるものではない。

三 本件執行停止によつて、本件処分の相手方である小長井興業株式会社に対して多大な不利益をこおむらせることになる。

被申立人のなした建築許可処分は申立外会社に対するものであるが、右会社は、本件建築許可処分とあわせて被申立人から建築確認処分を受け、すでに当該共同住宅を建築中であり、現在すでに基礎抗打工事を終了しているものである。

かりに本件申立てが認容され、建築許可処分の効力が停止されたときは、申立外会社は当該建築物の建築工事の中止による多大な損害や、当該建築物の共同住宅としての分譲業務の遅延による多大の営業上の損害をこうむることは明らかである(疎乙第三九号証)。

この執行停止の制度が民事における仮処分に代わるものとして設けられているところから、実質的には、民事の仮処分の制度と類似の制度と考えられる。従つて民事訴訟法に基づく仮処分の決定にあたつて、仮処分の相手方のうける不利益、損害を考慮すべきものとされているのと同様に、本件執行停止によつて実質的な影響をうけ、従つて仮処分における相手方とも比すべき申立外会社のうける前述の不利益損害は十分考慮されるべきものである。

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